その象徴的な事例が、マツダが今年度導入した希望退職制度です。
マツダは12月1日、今年度に設けた希望退職制度の応募者が、当初想定していた上限500人に達し、予定よりも早く募集を締め切った。本来、2025〜26年にかけて最大4回の募集を行う計画を立てていたが、わずか2回目で上限に達するという異例のペースです。こうした数字だけを見れば、業績悪化による大規模リストラを想像しがちですが、同社は「経営不振によるものではない」と明確に説明しています。背景にはトランプ米政権の関税政策などによる収益圧迫はあるものの、今回の制度は従来の“人減らし”とは異なる意図を持って導入されたものです。
特徴的なのは、希望退職に応募した社員の扱いが「自己都合退職」とされている点です。
一般的に構造改革場面で行われる早期退職は「会社都合退職」として扱われやすい。しかし、マツダの場合はあくまで社員の自主的なキャリア選択を尊重し、会社はその背中を押す立場をとっています。いわば、「辞めさせる」のではなく「次のキャリアへ送り出す」制度として設計されています。
この背景には、日本企業全体に共通する構造的な課題があります。長年、日本企業はローテーション人事を通じて社員を広く育てるゼネラリスト型人材を主流としてきました。しかし近年、企業が求めるスキルは専門性へと大きく傾いており、ゼネラリストの市場価値は相対的に弱まっています。そのため、特に中高年層においては「希望年収」と「実際の求人条件」との間に大きなギャップが生じるケースが増えていると言われています。
「40歳定年」構想が再び注目されるのも、こうした市場環境の変化が背景にあると思われます。
一方で、早期退職制度の“活用のされ方”も変わりつつあります。近年は、現役中に専門性を磨き、企業外でも通用するスキルや人脈を育て、さらにはFIRE可能な資産を形成したうえで制度を利用し、次のキャリアに踏み出すという“成功モデル”も増加しています。単なる「逃げ」ではなく「戦略的な卒業」として制度を利用する働き方が広がっています。
この流れは中高年層だけでなく、若手の価値観にも影響を与えています。かつては「出世して昇給する」ことがキャリアの王道でしたが、今や若い世代は企業内での長期的な階段上りよりも、ジョブ型を前提としたキャリア形成を重視する傾向が強まっています。自らの強みを磨き、転職や副業などを通じて市場価値を高め、適切なタイミングで企業を“卒業”するという生き方が、これからのスタンダードになる可能性が高いです。
三菱電機、パナソニック、日産など他の大企業でも同様の早期退職制度が続いており、早期退職は完全に“ルーチン化”する方向に向かっています。つまり、企業は年齢構造や人件費を調整するために制度を用いるだけでなく、働く個人がキャリア戦略として制度を利用する時代に入ったと言えます。
マツダのケースは、こうした新しい人事モデルの転換を象徴する動きだと言えます。企業側は専門性の高い人材配置や人件費の最適化を進め、社員側は自身のキャリアを主体的に選ぶ。この両者が交差するところに、新たな労働市場の姿が見えてくる。これまでの「終身雇用」を前提としたキャリアモデルから、「選択と移動」を前提としたキャリアモデルへのシフトが、ついに本格的に始まったのかもしれません。

