恩送りファンドという
小さな実験を始めてから、
時々、立ち止まって考えることがあります。
私は、
正しいことをしているのだろうか。
正直に言えば、
まだよく分かりません。
世の中にはすでに
さまざまな支援の仕組みがあります。
助成金
融資
投資
クラウドファンディング
それぞれに
意味があり、
それぞれに
役割があります。
その中で、
「返済不要の支援」という仕組みを
あえて作ることが
本当に良いことなのか。
迷うことがあります。
返さなくていいお金は、
人を甘やかすのではないか。
責任を弱くするのではないか。
そんな声も、
どこかで聞こえてきそうです。
私自身も、
それを完全には否定できません。
だからこそ
この取り組みを
「プロジェクト」ではなく
「実験」と呼んでいます。
成功するかどうかは
まだ分からない。
むしろ
うまくいかない可能性の方が
高いのかもしれない。
それでも
なぜ始めたのか。
理由は
とても単純です。
既存の仕組みでは
どうしても
届かない人がいるからです。
年齢
家族の事情
介護
過去の失敗
あるいは
収入の問題。
どれも
特別なことではありません。
むしろ
人生のどこかで
多くの人が
直面する可能性のあることです。
でも
そうした事情を持つ人ほど
融資は難しく
投資も受けられず
助成金の条件にも合わない。
結果として
挑戦そのものを
諦めてしまう。
私は
そういう場面を
何度も見てきました。
だからといって
大きな仕組みを
作れるわけではありません。
制度を変える力も
ありません。
出来ることは
本当に小さなことです。
せいぜい
一人か二人を
少しだけ支援すること。
それでも
もしその小さな挑戦が
また別の誰かを
少しだけ勇気づけるなら。
その人が
いつか
別の誰かを応援する側に
回ることがあるなら。
そんな
静かな循環が
生まれるかもしれない。
そう思って
この実験を続けています。
もちろん
理想通りには
いかないかもしれません。
途中で
やめることになるかもしれません。
「やはり難しかった」
そう言って
終わる可能性も
十分にあります。
それでも
やらなければ
分からないことがあります。
特に
50代や60代の挑戦は
そういうものだと思っています。
若い頃のように
大きな賭けは出来ません。
守るものも
増えています。
だからこそ
小さく試す。
大きく成功するよりも
静かに続く方法を探す。
恩送りファンドも
その一つです。
完成された仕組みではありません。
むしろ
未完成のまま
試している状態です。
それでも
今のところ
一つだけ
分かったことがあります。
それは
応援されていると感じた人は
思っていた以上に
真剣になるということです。
数字では測れない
変化が、打ち合わせからも
確かに感じられます。
だから
可能な限り
この実験を続けてみようと思います。
正しいかどうかは
まだ分かりません。
でも
もし何かが見えてきたら
その途中経過も
ここで
正直に書いていこうと思っています。
これは
完成した仕組みの報告ではなく
試行錯誤の葛藤の中で、続いている
小さな実験の記録です。

