# 「介護離職」という現実──備えなければ共倒れになる

前回のコラムで「離職」という言葉に触れましたが、近年特に耳にする機会が増えたのが「介護離職」です。統計上も年間約10万人が介護を理由に仕事を辞めており、その多くが50代、60代。実は、私自身もその一歩手前まで追い込まれた経験があります。

正直、介護は「会社を辞めなくてもできる」と思っていました。実母を引き取っての在宅介護。再雇用と起業を同時に進めながらなら、やりくりできるはずだと。しかし、現実はそんなに甘くありませんでした。

65歳以上の5人に1人が認知症になる時代です。ニュースで「介護疲れによる事件」が報じられるたびに、理解が深まりすぎるほどに「ああ、気持ちは分かる」と思ってしまう。そんな自分に、背筋が寒くなったこともあります。

要介護2までは「何とかなる」と思っていた
母の介護が始まったのは要支援2からでした。要介護になってもこの頃はまだ歩行器があれば歩け、自分のこともある程度できていたため、デイサービスの利用や、地域包括支援センターのアドバイスで十分に対応できていました。

要介護2に進行した時も、行政サービスとデイサービスの活用で、「なんとかなる」と思っていました。実際、この段階で仕事と介護の両立は不可能ではありません。

しかし、要介護3になると、そのバランスが一気に崩れていきます。

要介護3で生活が一変する
要介護3になると、自分でできることが激減します。特に食事が変わりました。朝はまだパンと飲み物で簡単に済ませられますが、昼と夜は介護食が必要になります。配食サービスを利用することにしましたが、11:30と16:30には受け取りと配膳のために必ず自宅にいなければならない。

つまり、日中フルで働くことが難しくなります。在宅ワークでもミーティング中に宅配対応や食事の介助が入ると集中できず、仕事のパフォーマンスが下がります。

この時点で「再雇用」は一旦諦めました。柔軟な時間で動ける「起業」に希望をつなげようと思ったのです。

要介護4で家庭は「ケア拠点」になる
要介護4になると、トイレもひとりでは難しくなり、おむつの交換が日常になります。正直、精神的にも肉体的にも大変でした。ヘルパーさんに1日2回お願いすることで、やっと息がつけた感覚です。

それでも、入浴は週2回の訪問入浴サービス、週1回の訪問マッサージ、週1回の訪問診療など、家がまるごと「介護施設のような機能」を果たす場所に変わっていきました。

特養にも申し込みましたが、なんと「順番待ちが約900人」。入所できるのは早くても2年前後と言われ、「ああ、これはもう在宅でやるしかないのだ」と覚悟を決めるしかありませんでした。

要介護5⇔4で「家族介護チーム」が結成される
要介護5になると、ついに寝たきりです。ベッドの交換や、訪問治療、夜間の褥瘡(じょくそう:床ずれ)対策として、3時間おきに寝位置交換が必要になります。

家族と交代で、幸い姉たちが交代で泊まり込みで介護に当たりました。夜中に目覚ましをセットして、母の体をゆっくりと横向きに変える。眠くても、疲れていても、やるしかない。

そんな日々が、「いつまで続くのか分からないまま」続きます。これが、介護の一番つらいところです。「終わりが見えない」のです。

なぜ介護離職は「最後の一線」ではなく「起点」なのか
介護離職は、決して「逃げ」ではありません。むしろ、それだけ責任感を持って介護に向き合おうとした結果の選択なのです。ですが、経済的にも精神的にも厳しい現実が待っています。

介護は突発的に始まることが多く、そして想像以上に「長期戦」です。準備がないまま突入すれば、仕事も介護も、どちらも中途半端になり、共倒れのリスクが一気に高まります。

私自身、「起業すらあきらめざるを得ないかも」と思った瞬間が何度かありました。でも、それでも「社会とつながっていたい」「自分の人生も大切にしたい」という思いが、なんとか支えになりその時間を利用して資格試験にも臨みました。

介護離職を避けるための個人の準備として

1. 【情報収集と備え】
地域包括支援センターに相談しておく
 ⇒ 自宅の地域の介護サービスや制度の情報が得られる、無料で専門家に相談できる
介護保険制度の理解
 ⇒ 要介護認定、ケアプラン作成、デイサービス・訪問介護などの仕組みを把握しておく
親の健康状態を“客観的に”チェック
 ⇒ 健康診断や認知機能検査を受けてもらう、かかりつけ医を持ってもらう

2. 【経済的な準備】
家計の見直しと介護費用の試算
 ⇒ 年金額や貯蓄、介護サービスの自己負担額などを見える化しておく
働きながら介護できる体制づくり(在宅勤務・時短などの確認)
 ⇒ 自分の勤務先の「介護休暇制度」「時短勤務制度」などを調べておく
保険の活用も検討(介護保険、医療保険)
 ⇒ すでに加入している保険の保障内容を見直す

3. 【家族との話し合い】
兄弟姉妹と介護の分担について事前に話す
 ⇒ 「いざとなったら全部背負うことになった」という事態を防ぐ
親とも希望や意思を確認しておく
 ⇒ どこで最期を迎えたいか、施設入所についてどう思っているか、など

4.【仕事と介護の両立を可能にする工夫】
職場に相談するハードルを下げておく
 ⇒ 信頼できる上司や同僚に状況を共有しておくことで、急な対応も可能に
副業・在宅ワークなど柔軟な働き方も検討
 ⇒ 本業が厳しいときに備え、収入源を分散しておく

5. 【介護を“ひとりで背負わない”意識】
第三者(ケアマネ、ヘルパー、施設など)に頼る準備
 ⇒ 介護は家族だけで完結しないという発想を持っておく
「困ったら相談していい」マインドを持つ
 ⇒ 早めのSOSが、介護離職や共倒れを防ぐ鍵になる

最後に──50代、60代のみなさまへ
介護は、誰にでも起こりうる「人生のイベント」です。避けては通れません。
だからこそ、いざという時に備えて、制度を知り、地域の支援につながり、何より「一人で抱え込まない」ことが大切です。介護は突然始まりますが、「突然困らないための下ごしらえ」が可能です。

そして、もし起業を志すなら、介護との両立を見据えた設計を──。
それが、50代60代からのセカンドライフを充実させる、ひとつの確かな備えになるはずです。

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