三菱電機が発表した「53歳以上の希望退職募集」は、業界に大きな衝撃を与えました。なぜなら、同社は2025年3月期に売上・営業利益ともに過去最高を更新する見通しであり、「経営不振によるリストラ」とは言えないからです。
しかし、これは決して三菱電機だけの話ではありません。東京商工リサーチの調査によると、2025年1月から8月までに希望・早期退職を募った上場企業のうち、実に6割が黒字企業でした。しかも、対象人数は前年同期比で約1.4倍に増えています。
では、なぜ「好調な企業」が、あえてベテラン社員を削減しようとするのでしょうか。その背景には、日本の産業構造と働き方の大きな転換があります。
■背景①:DX・AIによる業務構造の変化
かつての日本企業は、「経験と知識を積み上げた人材ほど価値が高い」という年功序列の文化のもとで成長してきました。
しかし、今は状況が大きく変わっています。生成AIやクラウド、データ分析が業務の中心となり、「経験よりもスキル」「年齢よりもスピード」が重視される時代に入りました。
製造業でも、開発設計・生産管理・営業分析などの分野でAIの活用が進み、従来の“属人的ノウハウ”は急速に価値を失いつつあります。
そのため、企業にとっては再教育や再配置のコストをかけるよりも、「一度リセットして若返りを図る」ほうが合理的になっているのです。
■背景②:高コスト構造の是正とジョブ型雇用への転換
もう一つの要因は、グローバル競争下での「固定費削減」と「ジョブ型雇用」へのシフトです。
日本企業の多くはいまだに年功型の人件費構造を持っています。50代以降は給与水準が高く、役職ポストも限られるため、コストパフォーマンスの観点から見ると“割高”になりがちです。
一方で、海外企業やスタートアップでは年齢に関係なく成果で報酬が決まるジョブ型雇用が主流です。国内でも外資系だけでなく日系大手でも、こうした流れが加速しています。
つまり、希望退職は単なる人員削減策ではなく、「ジョブ型時代」への人員再配置の一環といえるのです。
■背景③:人口減少と人材構成のゆがみ
日本の総人口は2008年をピークに減少しており、労働力人口も2030年には約600万人減ると推計されています。
このままでは若手採用が進まず、年齢構成が上に偏った「高齢化企業」になってしまいます。
そこで企業は、今のうちに50代・60代の人員を整理し、新陳代謝を促す必要があるのです。業績が好調な今こそ、余力のあるうちに構造改革を進める――それが経営判断としての“攻めのリストラ”というわけです。
若いうちから備えるキャリア戦略
こうした流れは一過性のものではなく、今後10年は確実に続くと考えられます。
だからこそ、若いうちから「会社に依存しないキャリアづくり」を意識することが大切です。では、どのような準備をしておけばよいのでしょうか。
① 自分の“市場価値”を可視化する
企業内での評価ではなく、社外の市場でどれだけ通用するスキルを持っているかを把握することが重要です。
たとえば営業職であればデータ分析やCRMの知識、経理職であればクラウド会計や税務リスク対応など、時代に合ったスキルを自分のポートフォリオとして整理しておきましょう。
転職サイトや副業マッチングサービスを活用し、同業他社の報酬レンジを知ることも有効です。
② 定年後を見据えた“小規模起業”の発想を持つ
希望退職の対象年齢である50代は、まだ十分に働ける年齢です。
むしろ、長年培ってきた経験・人脈・資格を生かして、自分で小さなビジネスを始める絶好の機会ともいえます。
実際、シニア起業の多くは「初期投資を抑えた一人起業」からスタートしています。
不動産の活用、資格を生かしたコンサルティング、地域支援型ビジネスなど、経験を社会につなぐ方法はたくさんあります。
③ 会社外の“セカンドコミュニティ”を持つ
会社という単一の組織に依存していると、退職後に社会的な孤立を招きやすくなります。
趣味や資格、地域活動などを通じて社外に複数のつながりを持つことで、新しい仕事のチャンスが生まれます。
SNSやオンラインコミュニティを活用すれば、同世代の起業家や専門家とつながることも容易です。
④ お金の見える化と生活コストの最適化
希望退職を選ぶかどうかにかかわらず、50代からは「生活コストを会社収入に依存しない設計」を意識することが必要です。
ファイナンシャルプランナーの支援を受け、老後資金・年金・生活費を可視化し、どの程度の収入があれば安心して暮らせるのかを把握しておくことで、独立や転職の判断も冷静に行うことができます。
終わりに ― 「リストラ時代」をチャンスに変える発想を
希望退職は“終わり”ではなく、“再出発のサイン”です。
企業が人員を整理するのは、時代に適応するための進化の過程であり、個人も同じく進化を求められています。
会社が変わるのを待つのではなく、自分のキャリアを自分で設計する時代です。
「雇われる生き方」から「選ばれる・創る生き方」へと発想を転換できた人こそが、次の時代をしたたかに生き抜いていくのだと思います。