欧米と日本の企業の違いを考えるとき、最も大きなポイントは「雇用」と「リスク」の捉え方の違いだと思います。
たとえばアメリカでは、企業は株主価値を最優先に経営されます。業績が悪化すれば即座に人員削減が行われますし、業績が好調であっても事業再編のためにレイオフが実施されることがあります。近年では日本でも、#黒字にもかかわらず早期退職を募る企業が増えています。象徴的なのが、2023年に大規模な人員削減を発表したパナソニックの事例です。かつて「安定」の象徴だった大企業でさえ、終身雇用を前提にできない時代に入りました。
しかし、欧米と日本ではその後の環境が大きく異なります。欧米では雇用の流動性が高く、転職はキャリア形成の一部として認識されています。解雇は珍しいことではありませんが、再挑戦の機会も比較的開かれています。一方、日本では年齢が上がるほど再就職は難しくなります。特に50代以降の就職活動は厳しく、経験よりも年齢が壁になることも少なくありません。
この構造の中で、黒字リストラに直面した中高年は「安定を信じてきた時間」が裏目に出ることもあります。長年一社に尽くしてきた人ほど、外部市場での評価軸に戸惑います。ここに日本型雇用の弱点があります。
では、#起業という選択肢はどうでしょうか。
日本では「起業=大きな借金を背負う」「失敗すれば家族に迷惑がかかる」というイメージが根強くあります。しかし、欧米では制度面での考え方が異なります。
たとえば、アメリカでは法人と個人の責任が明確に分離される仕組みが一般的です。法人が負債を抱えても、原則として個人資産まで及ばない仕組みが整っています。さらに、破産制度も再挑戦を前提とした設計になっています。ヨーロッパでも、保証人を求めない融資制度や公的支援が比較的充実しています。
一方、日本では長らく#「経営者個人の連帯保証」が一般的でした。現在は保証に依存しない融資制度も広がりつつありますが、心理的ハードルは依然として高いのが現状です。「失敗=人生の終わり」という文化的な刷り込みも、起業を遠ざける要因になっています。
以下に、日欧米の起業環境の比較を簡潔にまとめます。
【起業環境の比較】
■ 資金調達
・米国:ベンチャー投資が活発。法人と個人責任の分離が明確。
・欧州:公的支援や助成制度が充実。保証人不要の制度も多い。
・日本:融資制度は整いつつあるが、心理的に借入への抵抗が強い。
■ 個人資産への影響
・米国:法人責任が原則。個人資産は守られやすい。
・欧州:限定責任の考え方が浸透。
・日本:制度上は分離可能だが、慣習的に個人保証が多かった歴史。
■ 失敗への社会的評価
・米国:失敗は経験として評価される傾向。
・欧州:再挑戦を支える制度あり。
・日本:失敗への社会的視線が厳しい。
■ 企業内での責任構造
・米国:職務範囲が明確。成果主義。
・欧州:契約文化が強い。
・日本:役割が曖昧で責任が広がりやすい。
この比較から見えてくるのは、「起業が特別に危険なのではなく、日本社会がリスクを個人に集中させやすい構造を持っている」という点です。
さらに、人生100年時代を考えると、60歳以降の人生は決して余生ではありません。労働人口が減少するなかで、高齢者雇用は一定程度増えるでしょう。しかし、その多くは賃金水準が下がる再雇用型である可能性が高いです。企業は人手不足に対応しつつも、人件費は抑えたいからです。
つまり、「雇用が増える=安心が増える」とは限りません。
そう考えると、起業は単なる挑戦ではなく「リスク分散」とも言えます。大規模な投資を伴う起業ではなく、小さく始めるマイクロビジネス、複数の収入源を持つ働き方。これは雇われ続けることへの依存度を下げる手段でもあります。
今後、日本はどうなっていくのでしょうか。人口減少は止まりません。企業は効率化を進めます。AIやデジタル化は加速します。雇用はより流動化し、年齢による選別も続く可能性があります。
その中で、「自ら仕事をつくる力」はますます重要になります。起業が根付かないのは、制度だけの問題ではありません。教育、文化、失敗観、そして家族観が複雑に絡んでいます。
しかし視点を変えれば、起業は必ずしもハイリスクではありません。むしろ、会社だけに依存することの方が、黒字リストラの時代にはリスクになり得ます。
人生100年時代とは、長く生きるという意味だけではありません。長く「選択し続ける」時代です。雇用か起業かという二択ではなく、組み合わせる発想が必要になります。
起業はリスクでしょうか。それとも備えでしょうか。
その答えは人それぞれです。しかし少なくとも、これからの日本では、「雇われる側」であることもまた、無条件の安全地帯ではなくなっています。自営という選択肢は、追い込まれて選ぶものではなく、戦略として準備するものへと変わりつつあるのではないでしょうか。

