ベトナムに赴任していた時のことです。私はあるバイクメーカーさんの広告を担当をしていました。当時、シェアゼロからのスタートでしたが、得意先様やプロダクションさん、そして広告会社と三位一体となって何とか販売台数を伸ばすことができました。 社長の存在とディーラーさん、そして現地スタッフたちの協力がなければ、これほどの成功はなかったと思いますが、毎年ディーラーミーティングを開催し、日頃の感謝を伝えるとともに、翌年の新車導入計画や販売目標を共有していました。このミーティングはクライアントにとって、最も重要なイベントの一つであり、失敗は許されませんでした。
その年も600人以上のディーラーさんを招待し、現地の従業員や本社からのVIPを迎えての大規模なイベントを準備していました。数か月前から準備を進め、会場選び、ケータリング、エンターテイメント、会場設営、プログラム作成と、すべてが完璧に進行するように細心の注意を払いました。
特に慎重に行ったのが会場選びです。当時のベトナムでは、大規模なイベントを開催できる場所が限られていたうえ、頻繁に停電が発生するという問題がありました。停電が起きれば、イベントは台無しになってしまいます。そのため、停電のリスクを最小限に抑えるために、空港近くの会場を選びました。空港は重要なインフラであるため、電力供給が優先的に行われ、停電の心配が少ないと考えたのです。これまで一度も停電の経験がなかったとのお話もあり、100%はないにしても比較的安心して準備を進めることができました。
当日も準備は順調に進み、前日まで深夜に及ぶリハーサルや施工を行い、すべての準備が整いました。イベント当日は、オープニングビデオからスタートし、プログラムはスムーズに進行しました。私たちは、幸先良いスタートにこのままの流れで何事もなく進んでくれと、緊張しながらもひたすら祈っていました。
しかし、問題は社長のスピーチの最中に突然起こりました。社長がディーラーの皆さんに感謝を述べ、来年の販売計画を発表し始めたその時、突如「ボン」という鈍い音が響き、会場全体が停電に見舞われました。すべての電源が落ち、会場は闇に包まれ、時間が止まったかのような静寂が広がりました。私の頭の中も思考が停止し一瞬真っ白になりましたが、すぐに予備電源を使うよう指示を出しました。
しかし、これまで停電が起きたことがなかったため、予備のジェネレーターにはオイルが入っておらず、使える状態ではありませんでした。会場のスタッフが慌ててオイルを注ぎ始めましたが、時間はいたずらに過ぎていくだけでした。社長は演台で、ただ暗闇の中で光を待つしかありません。
私たちも何とかその場を取り繕おうとしましたが、電気がすぐには戻りません。そこで、スタッフが大きめの懐中電灯を用意し、社長の顔に光を当てる形でスピーチを続けてもらいました。社長はなんとかスピーチを終え、席に戻りましたが、会場全体が再び明るくなるまでには、9分間という長い時間がかかりました。その9分間は、わたしにとってはまるで針の筵に座る地獄のようで、一生のように長く感じられました。
停電の状況を確認するために外へ出ると、空港近くの建物もすべての電気が落ちており、飛行場の誘導灯がか弱く光っているだけでした。私たちが停電の心配がないと思っていた場所でも、まさかの停電が起きてしまったのです。結局、会場の電源は復旧しましたが、停電の影響は大きくパソコンに打ち込んでいたデータもリセットされ進行もドタバタし、決してディーラーさんを快くおもてなしできたとは言えませんでした。私は地獄の9分間のあと、イベント終了後の出禁も覚悟していました。
社長からは、イベント終了後何もありませんでした。 顔をつぶしてしまったと思いますが、そのお怒りも、出禁も、ペナルティも・・・・。 この出来事は、私のその後のキャリアや人間関係にも大きな影響を与えることになりました。社長とは、その後も長い付き合いが続き、四半世紀25年以上にわたってお世話になっています。お互いに退社した後も、年に2回ほどランチをご一緒して頂き、いろいろと助言をいただくことがあります。 もちろん起業についても・・・。 非常に厳しい方ではありましたが、その一方で懐が深く情に厚い、私にとっては人生の師のような存在でした。この社長との出会いがなければ、私は自らの会社を起業することはなかったかもしれません。社長との出会いが、私の人生の転機となり、起業へと導いてくれたのだと感謝しています。
現在50代を迎えられた皆さんも、これまでに様々な経験を積み、多くの人と出会ってきたのではないでしょうか。人生100年時代と言われる中で、これからの人生は過去の延長線上では計り知れないものになってきています。今後どのような道を歩むべきか迷うこともあるかもしれませんが、これまで出会った中で尊敬する諸先輩方や影響を受けた人生の先輩方と一度食事でもしながら、セカンドライフについてのご相談をしてみてはいかがでしょうか。その助言が、皆様の新たな道を切り拓く大きなヒントになるかもしれません。