インドでの駐在経験は、私にとって人生の中でも特に厳しく、また貴重な体験でした。私が駐在していたのはインド北部の都市で、夏には気温が45度以上に達することもレアではなく、アスファルトの道路が溶けてゆがんだ報道写真をご覧になった方もいるのではと思います。そんな酷暑の中、汗だくになりながら(摂氏45度では服がウエットスーツ化してまとわりつくので徒歩厳禁です)、新規開拓を進めていくのは簡単なことではありませんでした。初めての土地で駐在と長期出張対応で2年間を過ごし、現地のビジネス環境や文化に順応しながら業務に邁進していました。
インドの文化の象徴ともいえるタージマハルを訪れた際には、感動だけでなく、同時に自分の小ささを感じました。インドの歴史や文化の深さに圧倒されながらも、グローバルビジネスに携わる身として、新しい視点を持って仕事に臨む重要性を改めて実感したのです。
しかし、インドでの駐在生活は決して楽なものではありませんでした。私が長期出張対応していた期間中、ムンバイでテロ爆発が発生し、その地域全体が緊張に包まれたことがありました。安全面でも常に警戒しながら生活し、会社や外出先でもセキュリティに配慮しなければなりませんでした。また、インドでは22の公用語が存在し、地域ごとに文化やルールも異なるため、ビジネスの現場ではローカルルールに従う必要がありました。その中で、特に重要だったのは現地の信仰や宗教の理解でした。食事、アルコール摂取はもとより、多くの企業や公共施設にはイスラムの「お祈り室」が設置されており、社員たちは日々一日5回の祈りを欠かさず行います。こうした信仰や宗教文化を尊重することが、現地での信頼関係構築に不可欠だったのです。
生活面でも独特の体験がありました。朝昼晩、おやつも?食されるカレー料理は、日本での生活とは全く違う食文化を体感させてくれました。初めは慣れませんでしたが、次第にそのスパイスの豊かさや味わいに魅了され、インド特有の食文化を受け入れるようになりました。 冬季夜は10度以下になったり、砂塵嵐なども普通に・・・
私が住んでいた地域は、デリー近郊のグルガオンというビジネス都市で、近年急速に発展しています。また、ムンバイにも出張することが多く、インドの経済のダイナミズムを肌で感じることができました。インドには多くの起業家がいて、彼らは創造力に富み、挑戦する姿勢を持っています。2022年末時点でスタートアップ総数は6万8,000社を超え、米国、中国に次ぐ世界第三位の規模になっています。このような環境は、日本の起業文化とは異なり、リスクを恐れずに果敢に挑む姿が印象的でした。
また、作り手の理論や計画を優先させるプロダクトアウトから、市場=ターゲットXニーズありきの考え方(マーケットイン)を経験させて頂いた市場でもありました。 インドではエアコンは付けっぱなしなのでリモコンの温度調整など繊細な機能は不要であったり、洗濯機は大量のサリーが洗えることなどが条件になったりします。
インドでの経験を通じて、私は異文化の中でのビジネス展開における柔軟性と適応力を学ぶ機会を頂いたと思います。そして、これらの経験が日本での起業活動にも生かすことができたとも思っています。例えば、ローカルルールや文化を理解し、それに応じたビジネス戦略を立てることの重要性は、どの国でも共通だと思いますし、また、インドで多くの起業家が見せたリスクを恐れず挑戦する姿勢は、私自身の起業に対する考え方にも大きな影響を与えたとも思います。
若い世代の起業は、家族の生活を支え、子どもの教育費や住宅ローンなど、経済的な安定を求めることが主な動機になると思います。この時期の起業は、収益を確保することが最優先され、大きな挑戦にも耐えうる体力と時間を投入することが一般的です。一方、50代以降のセカンドライフ起業では、ある程度落ち着きつつあることから経済的な目的に加えて、自己実現や社会貢献への関心が高まり、生涯現役を目指すことが多くなります。この段階では、収入と生きがいのバランスを保つことが重要視され、健康や家族との時間も考慮しつつ、長期的な充実感を追求するのではと思います。
そのため、大きなリスクは極力避け、持続可能で安定したビジネスモデルを選ぶことが望まれます。特に、固定費の抑制が重要であり、Webサイトやマーケティングなどの基本的な業務を自分で行い、初期投資やランニングコストを最小限に抑える工夫が求められます。また、一人でスタートしやすい業態を選ぶことで、他者に頼らず自分のペースで事業を展開できる点も魅力です。このように、50代からの極小起業は無理のない範囲で、自身の経験や今までのスキルを活かしながら社会とのつながりを保つ手段として大変有効だと思っています。