大河ドラマ『豊臣兄弟!』が佳境を迎えています。今回注目したいのは、豊臣秀長に引き立てられ、秀吉、そして徳川家康へと、時代の転換を生き抜いた武将です。
築城の名手、藤堂高虎。
1556年生まれの高虎が、津藩の初代藩主になったのは1608年、52歳のときでした。すでに大名として実績を積んでいましたが、50代でさらに活躍の場を広げたのです。
その歩みから、セカンドライフの働き方と、小規模起業のヒントを探ってみたいと思います。
50代からの働き方を支える「自分に残る力」
高虎は「七人の主君に仕えた」とも紹介されます。注目したいのは、主君を替えた回数よりも、環境が変わっても役割を得ていったことです。
大きな転機となったのが、豊臣秀長との出会いでした。秀長のもとで戦功を重ね、城づくりにも携わります。
その後、秀長、さらに跡を継いだ秀保を失うと、高虎は剃髪して高野山に入りました。しかし、秀吉に下山を勧められ、再び大名として歩み始めます。
主君を失うことと、現代の転職や定年は同じではありません。それでも、頼っていた場所を離れた後、何が自分を支えるのかという問いは重なります。
高虎には、積み重ねた経験、人との関係、そして築城の技術がありました。
私たちも、会社を離れれば役職や名刺は変わります。しかし、人をまとめる力、教える力、現場の問題を見つける目まで失われるわけではありません。
次の仕事の種は、これまで当たり前にやってきたことの中にも眠っているのではないでしょうか。
経験が仕事に変わるのは、誰かの役に立ったとき
秀長に仕えていたころ、高虎は家康のための屋敷づくりを任され、防備への配慮から自費で手を加えた、という逸話が伝わっています。
この話から私が受け取るのは、相手が安心して使えるところまで考える姿勢です。
相手は何に困っているのか。頼まれた作業を終えることで、その困りごとは解消するのか。
これは、#小規模起業でも大切な問いです。
例えば、パソコンを教えるなら、お客様が自分でホームページを更新できるところまで支える。顧客開拓を手伝うなら、問い合わせに対応する仕組みも整え、起業家が本業に集中できるようにする。
「パソコンが使える」「営業経験がある」という能力も、相手の困りごとに結びつけば、具体的な仕事になります。
自分の経験を振り返るとき、「何をしてきたか」に加えて、「誰に、どんなことで喜ばれたか」を思い出してみる。その中に、小さな商いの出発点が見つかるかもしれません。
新しい道を選んでも、受けた恩は忘れない
秀吉の死後、高虎は家康に近づき、関ヶ原では徳川方として戦いました。その後も築城などで重用されます。
家康の最期に際し、来世でも仕えたいと宗派を改めた、という逸話も残っています。伝承として読む必要はありますが、二人の結びつきを物語る話です。
一方、高虎は、自分を育てた秀長との縁も大切にしました。秀長の菩提寺・大光院を京都の大徳寺へ移したとされ、現在もその墓所には、秀長と高虎の五輪塔が並んでいます。
新しい道を選ぶことと、過去の恩を忘れないことは、両立できる。
働く場所が変わっても、教えてもらったことや、支えてもらった経験は残ります。そして、それを次の誰かのために使うこともできます。
人生後半には、こうしたつながりも、自分を支える財産になるのだと思います。
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セカンドライフの小規模起業――城は小さくてもよい
高虎は、家康の死後も二代将軍・秀忠、三代将軍・家光に仕え、1630年、数え年75歳(満74歳)で生涯を閉じました。50代で津藩主となった後も、さらに20年以上、時代とともに役割を変えながら働き続けたのです。
もし高虎が人生100年時代に生きていたら、どのように働いたでしょうか。
専門技術を生かし、人の相談に乗り、若い世代を育てる。年齢や環境に応じて役割を変えながら、長く社会と関わっていたかもしれません。
私たちが人生後半に築く城も、大きな城や領地である必要はありません。
週に数日の相談業、経験を生かした事務支援、得意なことを教える教室。兼業で生活の土台を守りながら、小さく試す方法もあります。
PCやインターネットは、お客様と出会い、仕事を届け、最少人数で事業を続けるための道具になります。
自分の経験を必要としてくれる人がいて、無理のない対価を受け取り、また頼みたいと思ってもらえる。そんな関係を少しずつ育てることも、自分の城づくりではないでしょうか。
どこまで広げるか、週に何日働くか。自分の暮らしと体力に合わせて、自ら判断できることも、小規模起業の大切な価値です。
TAIGA恩送りファンドが、小さな挑戦を支えたい理由
ただ、経験があっても、それをどう仕事にすればよいか迷うことはあります。最初の資金や相談相手が足りず、一歩を踏み出せない方もいるでしょう。
TAIGA恩送りファンドでは、返済不要の資金による応援に加え、挑戦を続けるための伴走を大切にしていきたいと考えています。
高虎には、力を認め、役割を託した秀長との出会いがありました。自分の力は、人との関わりの中で見いだされ、育つことがあります。
城を築き、判断するのは本人です。それでも、一緒に考える人がいれば、経験の使い道に気づき、小さく試せることは増えるはずです。
そして、支えられた経験が、いつか次の誰かへの応援につながる。知恵を伝えること、人を紹介すること、励ますことも、恩送りの形になります。
杵築城より小さくても、自分の経験を必要としてくれる人がいる。
まずは、これまで誰かに喜ばれたことを、一つ思い出してみませんか。50代からの城づくりは、そこから始まるのかもしれません。
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