「人生100年時代」という言葉が、当たり前のように使われるようになりました。
定年後にも30年前後の人生があるとしたら、皆さんは、その時間をどのように思い描かれるでしょうか。人生の「余生」と呼ぶにはあまりにも長く、まさにもう一つの人生、「セカンドライフ」といえる期間です。
私は、人生100年時代という言葉を、単に「長生きできる時代になった」とは受け止められませんでした。50歳を過ぎても、その先には30年、場合によってはそれ以上の時間が残されています。その長い人生をどう生き、どう働くのかを、会社や制度だけに委ねるのではなく、自分自身でも考えなければならない時代になったのだと思います。
厚生労働省によれば、2022年の日本人の平均寿命は男性81.05歳、女性87.09歳。健康上の制限なく生活できる健康寿命も、男性72.57歳、女性75.45歳です。もちろん個人差はありますが、60歳や65歳は人生の終着点ではありません。企業を退職した後にも、セカンドライフは長く続きます。
一方で、その長い時間を支える就労環境は、十分に整っているでしょうか。
65歳以上の就業者は過去最多となりましたが、役員を除く雇用者の76.9%は非正規雇用です。働く人の数は増えていても、これまで積み重ねてきた経験、人脈、判断力が、待遇や仕事内容に十分反映されているとは限りません。「働く場所があること」と「経験を生かし、納得して働けること」は、同じではないのです。
経済面にも不安があります。2025年の家計調査では、65歳以上の夫婦のみの無職世帯は、可処分所得が月約22万2千円であるのに対し、消費支出は約26万4千円でした。また、収入より支出が多く、預貯金を取り崩して暮らすことが「よくある」「時々ある」と答えた高齢者は61.2%に達しています。
その一方で、企業は深刻な人手不足を背景に、若い人材の獲得に力を注いでいます。初任給30万円を超える企業が珍しくなくなり、2026年には、新卒採用の初任給を月100万円、年収約1,400万円とする企業に、約1,300人が応募したことも報じられました。若い人材に、その能力や将来性に応じた待遇を用意することは必要です。
若い世代と中高年世代を対立させたいのではありません。ただ、中高年が積み上げてきたスキルや経験を生かせる就労の選択肢は、私自身の就職活動を振り返っても、極めて限られていると感じます。年齢にかかわらず、一人ひとりが培ってきた力を生かせる社会になっているのか。それが、私の抱いた疑問でした。
65歳以降の自分をイメージできなかった
私が早期退職を考えた大きな理由は、65歳以降の自分の就労環境が、まったく読めなかったことです。
再雇用や業務委託などによって、会社との関係を続ける選択肢もありました。しかし、その先にどのような仕事があり、どのような役割を任され、どの程度の収入を得られるのか。私には明確な将来像を描くことができませんでした。
そこで私は、早期退職した場合に受け取る金額と、60歳まで勤務を続けた場合の収入総額を比較しました。早期退職金を含めて計算すると、両者には想像していたほど大きな差がないことが分かりました。その数字を、家族にも示しました。
同時に、退職後すぐに起業一本に絞るのではなく、兼業を続けて収入を確保しながら、起業の準備を進める考えも伝えました。家族に数字と今後の計画を説明し、了承を得られたことで、私は早期退職へ踏み出すことができました。
振り返れば、ここが私にとって早期退職を決断した瞬間だったと思います。
ただし、決断した時点で「何を事業にするか」が明確に固まっていたわけではありません。
退職前に最も不安だったのは、資金のことと、何を事業として起業するかということでした。資金面については、兼業で行う小規模のテナント収入によって、多少程度は補える見通しがありました。しかし、起業の内容については、具体的な形を十分に描けていませんでした。
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これは、今振り返れば反省点です。
現在は、兼業や副業を認める企業も少なくありません。会社員として一定の収入がある50代のうちから、小さく仕事を始めてみる。自分の経験に対して対価を払ってくれる人がいるのか、どの程度の収入につながるのか、自分は何をしているときに力を発揮できるのかを試してみる。こうしたシミュレーションをしておけば、退職後に私のように慌てずに済むと思います。
名刺がなくなって初めて分かったこと
退職後、意外なところで戸惑いと、心にぽっかり穴が開いたような無力感と空虚感を覚えました。それは、名刺がなくなったことでした。
会社員の頃は、名刺を持っていることが当たり前でした。会社名、部署名、役職が記され、それを差し出せば、自分が何者であるかを相手に説明できました。
ところが退職すると、それが突然なくなります。自分がどこにも属していない。社会の中で自分の座標軸がなくなり、自分を形容してくれるものが何もない。その感覚は、想像していた以上に不思議で、心細いものでした。
これは、65歳定年でも70歳定年でも、会社に属している限り、いつかは経験することなのかもしれません。定年が延びても、「会社を離れた後、自分は何者なのか」という問いが先送りされるだけで、なくなるわけではありません。
だから私は、自分の名前で仕事をつくり、自分の役割を自分で決められる起業という道に、次第に意味を感じるようになりました。起業であれば、健康で働けるうちは仕事を続けられます。そして、いつ引退するのかも自分で決められます。それは、「社会人として生涯現役を目指したい」という私の考えに合っていました。
収入が途絶える不安を知った
早期退職後、コロナ禍で親の介護をしていたこともあり、一定期間、収入がほとんど入ってこない時期がありました。
それまで収入が定期的に振り込まれる生活を続けてきた私にとって、「入ってくるお金がない」という状態は、金額以上に精神的に厳しいものでした。仮に数万円であっても、毎月何らかの収入があることの安堵感とは比べものになりません。
兼業先を探す間には、何度か就職活動もしました。私は、これまでの経験を生かして戦力になりたいと考えていました。しかし、企業側がシニア人材に求めているのは、必ずしも経験や判断力ではなく、極端に言えば必要な人数を満たすことや、フィールドワークを担うことだと感じる場面もありました。
実際、兼業という立場ではありましたが、ハローワークにも登録しました。事務職を希望していることを伝えると、担当者から最初に「事務職は、あまり期待しないでください」と言われました。
求人そのものがないわけではありません。しかし、年齢を重ねた人が、これまでの経験を生かせる事務職に就くことの難しさを、入口の段階で知らされたように感じました。
もちろん、すべての企業がそうではありません。それでも、若い世代には将来を見据えて厚く投資する一方、中高年世代には、専門的な資格などがない限り、限られた役割しか用意されない現実があります。制度上は長く働けるようになっても、「何歳まで働けるか」だけでなく、「どのように働けるか」という質の部分には、まだ大きな課題が残っています。
だからこそ私は、中高年層の方々が定年後に初めて慌てるのではなく、50代から自分の経験、資金、働き方を棚卸しし、小さく試す機会が必要だと思うようになりました。
私自身が感じた不安や遠回りした経験を、これから同じ時期を迎える人と共有したい。それが、現在の活動につながっています。
人生100年時代は、自らの人生を自らデザインする時代に
早期退職や起業が、すべての人にとって正解だとは思いません。会社に残る、副業を始める、地域で活動する、学び直す。それぞれの事情や価値観に合った選択があってよいはずです。
また、「早期退職を決めた」と一言で表現しても、今後のセカンドライフに関わる決断を、一瞬でできるほど簡単ではないことは、私自身の経験から十分に理解しています。
迷いながら情報を集め、家族と話し、資金を計算し、できることから試し、少しずつ方向を定めていく。その過程が必要です。
会社や制度が人生後半の答えを用意してくれるのを待つだけでは、不安はなかなか消えません。一方で、すべてを一人で決めなければならないわけでもありません。
自分には何ができるのか。毎月いくら必要なのか。どのような働き方なら無理なく続けられるのか。誰とつながり、何を社会に返していきたいのか。50代から少しずつ整理し、試し、必要に応じて修正していくことが大切なのだと思います。
人生100年時代とは、ただ長く生きる時代ではありません。企業を退職した後も続く人生を、自らデザインしていく時代です。
経験を新しい役割に変え、小さくても収入につながる仕事を持ち、人とのつながりを失わない。そうした備えが、セカンドライフへの不安を少しずつ和らげます。
そして中高年世代は、「支えられる世代」になるだけではなく、これまでの経験を生かして、もう一度社会を支える第二の力になれるのではないでしょうか。
何から始めればよいのか分からないときは、まず現在地を整理することから始めればよいと思います。これまでの経験、これから望む暮らし、必要な資金、無理なく続けられる働き方。それらを一つずつ言葉にすることで、漠然とした不安は、少しずつ具体的な課題へと変わっていくと思います。
人生100年時代のセカンドライフについて考え始めた方に、TAIGA恩送りファンドが、まず現在地を一緒に整理するところからお手伝いできればと思っています。
統計資料
・厚生労働省・平均寿命と健康寿命
・総務省・高齢者の就業状況
・総務省・2025年家計調査
・内閣府・高齢者の経済生活に関する調査
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